初めてのパスポート(2)


人生初めての海外旅行として沖縄、台湾を旅した19歳の夏。

東京の大学に通っていた私は、
ヒッチハイクで何台かのトラックに乗せてもらい大阪へ向かった。
当時の大学生や若者のあいだで、
ヒッチハイクや無銭旅行がブームになっていたこともあり、
私も多くの人の好意に甘え、大変なお世話になった。

そして、大阪から沖縄までは船で向かった。
たまたま同じ船に乗り合わせた沖縄の地ビール会社のご子息と
年齢が近かったこともあり、彼と船の中で語り合った。
そして、沖縄での宿泊先をまだ決めていないことを話すと、
彼はそれならばと快く彼の実家に泊まることを提案してくれた。

返還前の沖縄では当然、米国ドルが通貨であり、
1ドルが360円の戦後の固定相場の時だったために
物価があまりにも高いことに驚き、
日本なのに英語とドルが公用という戸惑いの中で2泊となった。
ただ、船で知り合った地ビール会社の子息のおかげで
宿代や食事代を払うことなく沖縄で泊まることができた。

あれから50年近い年月が過ぎ、その時のお礼を彼に告げようと
かすかな記憶をもとにして沖縄の地ビール会社を調べてみた。
しかし、時代が移り変わる中で彼の父の会社が統合されたのか、
それとも転業されたのか、見つけることはできなかった。

もし、この文が目に留まることがあればぜひ連絡が欲しい。
一宿一飯の恩義として、今度は私が金沢をアテンドします。

医療法人社団 映寿会
社会福祉法人 中央福祉会

理事長 北元 喜洋