隈研吾氏と、トレーニングセンター


東京オリンピックが終わって2年後の1966年、
オリンピックのメイン会場として使われた国立競技場のなかに、
トレーニングセンターがつくられた。


東京オリンピックを機に、スポーツへの関心が高まり、
体を鍛えることがブームになりつつあった頃で、
スポーツをさらに振興させたいという国の狙いがあったのだと思う。

1968年、代々木の予備校に通うことになった私は、
受験勉強の気分転換と運動不足の解消のために
そのトレーニングセンターの会員となり通った。

トレーニングセンター内には、
当時の最新鋭のトレーニングマシンだけでなく、
サウナも併設され、国の施設だから安く利用することができた。

ただ、私のような若い会員はあまりおらず、
利用している人は、芸能人やタクシーの運転手、
そしてバーなどの飲食店の経営者の人たちが主な利用者だった。

しかし、だいぶ後になってから知ったのだが、
そのトレーニングセンターの利用者の一人に、
新国立競技場の設計者である隈研吾氏も通われていたというのだ。

隈研吾氏には、映寿会みらいグループが運営する
太陽丘こども園の園舎の設計や、
クィーンオランジュの店舗監修をしていただいているのだが、
約半世紀前に、トレーニングセンターやサウナで
一緒に汗を流していたかもしれず、不思議なご縁を感じる。

医療法人社団 映寿会
社会福祉法人 中央福祉会

理事長 北元 喜洋